秋田地方裁判所 昭和42年(ワ)134号 判決 1969年11月10日
原告
藤原巌
ほか一名
被告
宝タクシー株式会社
主文
1 被告は、原告藤原巌に対し金二、三八三、八三三円、原告藤原ツヤに対し金二、一二七、九二五円および右各金員に対する昭和四一年一〇月二四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、請求の趣旨
主文同旨。
二、請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1 (事故の発生とこれによる藤原広の死亡)
高橋金光は、昭和四一年一〇月二三日午後六時頃、秋田県能代市扇田字道地一三番地先国道において、普通乗用自動車秋五せ二〇〇六号(以下本件乗用車という。)を運転して大館市方面から秋田市方面に向つて進行中、同所で藤原広外一名が後押ししていた普通貨物自動車に本件乗用車を衝突させ、その衝撃により広を転倒させて頭蓋骨骨折、脳挫傷の傷害を負わせ、よつて同月二四日午前〇時五五分頃死亡させるに至つた。
2 (被告の責任)
(一) 被告会社は、一般乗用旅客運送事業、自動車貸渡業、各種自動車整備業、不動産売買業及びこれらに附帯する一切の業務を目的とする株式会社で、秋田市内において、タクシー、ハイヤー業を営むほか、同市中通五丁目に営業所を置き、「タカラドライブクラブ」の名称で、貸渡車両八台を備え、会員制による自家用車有料貸付営業を行つていたものである。
(二) 本件乗用車は、右営業所長であつた嵯峨興太郎が右営業のため山口自動車有限会社から一時借用のうえ、会員である高橋金光に賃貸し、同人が運転していたものであつて、被告が貸渡車両としてその営業の用に供していたものである。
(三) ところで、右「タカラドライブクラブ」は、会員組織によるいわゆるドライブクラブでありその入会資格および貸与自動車の利用方法について厳格な規制をし、会員である高橋金光に本件乗用車を貸与するに際しても事故防止の注意を与えるなどして、借受人の運転中も貸与自動車に対する運行支配を依然保持していたものであり、また、その経営も、会員からの入会金のほか、相当高額の賃貸料を徴して自動車を会員に有料で貸付け、これらの収益によつてこれを維持し、営利を目的としていたものであつて、もとより運行利益の帰属者である。
また、会員の多くは賠償能力を有しないものであり、被告会社は借受人の事故に備え保険料までも徴収していた事実によつて更にこれは明らかである。したがつて、被告会社は、本件事故につき本件乗用車の運行供用者として、その損害賠償責任を免れ得ない。
3 (損害)
(一) 広の得べかりし利益の喪失
広は、昭和二六年一一月二九日生で事故当時満一四歳一〇月余の健康な男子であり、中学校の成績も中の上で国立秋田工業高等専門学校応用化学科に進学を希望していた。それゆえ、広は、本件事故で死亡しなければ少くとも五六・〇三年の余命があり・満二〇歳から向う四一年間短大卒労働者として稼働し、別紙第一表Ⅰのごとき賃金収入を挙げ得たはずである(労働大臣官房労働統計調査部編昭和四一年賃金構造基本統計調査報告第一巻七八頁第二表学歴、年令、階級および勤続年数階級別勤続年数、きまつて支給する現金給与額、所定内給与額および特別に支払われた現金給与額の平均ならびに労働者数参照)。
そして、事故当時に一時に支払を受ける金額を求めるため、同表Ⅰの各期の期末を基準とし各期の総収入額につきホフマン式計算方法によりそれぞれ民法所定年五分の割合による中間利息を控除し、これらを合算すると同表Ⅱのように一一、五一一、七一七円(原告らの請求の趣旨訂正の申立に一一、五一一、七一四円とあるのは明らかな違算と認められる。)となる。しかして、公租公課、生活費等の必要経費は、全稼働期間を通じ収入の二分の一とみるのが相当であるから、右金額からこれを差引くと五、七五五、八五〇円(一〇円未満切捨て)となる。したがつて、広は、本件事故により右金額の得べかりし利益の喪失による損害を被つたというべきである。
(二) 広の慰藉料
広は、当時中学校三年生で、健康で成績も優良であり、前記のとおり国立秋田工業高等専門学校応用化学科へ進学の希望をもつて勉強に勤しんできたものであり、本件事故に遇い病院へ運ばれるや駆けつけた原告らに対し重傷の苦痛を訴え、かつ「誰がこんな目にあわせた。」と万こくの怨みを叫んでいたもので、その心情は想像を超えるものがあり、これを償うべき慰藉料は五〇〇、〇〇〇円を相当とする。
(三) 相続
原告巌は広の父、同ツヤは同人の母であつてその相続人であり、同人の取得した(一)、(二)の各債権を各自その二分の一宛即ち(一)について二、八七七、九二五円宛、(二)について二五〇、〇〇〇円宛それぞれ相続した。
(四) 積極損害
原告巌は、広の入院加療の費用として一一、一四一円葬祭関係費用として二五四、七〇八円、更に本件請求のための交通事故証明書下付および死亡診断書作成の費用として一、二〇〇円を各支出し、同額の損害を受けた。
(五) 原告らの慰藉料
広は原告ら夫婦の次男で身体強健、性格明朗、学業成績は良好であり、当時中学校三年生で将来は国立秋田工業高等専門学校を卒業し、技術者として立つのを楽しみにしていたのであるが、一朝にしてこの惨禍に遇つて死亡し、原告ら夫婦の悲嘆は計り知れないものがあり、広の祖母のごときはその衝撃により病床に臥すに至つたものである。他方、被告会社は、高橋金光から保険料金まで徴収していながらこの事故に対し全く頬冠りをし、弔慰はもとより一片の挨拶だになく、原告らとしてはその非人情さに憤激の念を禁じ得ないものがある。しかも、被告会社は、市内有数のハイヤーの会社であり、数十台の営業車、多数の従業員を擁し、盛業を続けているものである。したがつて、以上の点を斟酌するとき、原告巌、同ツヤに対する慰藉料額は各五〇〇、〇〇〇円が相当である。
4 (一部弁済等)
(一) 原告らは、自動車損害賠償保障法に基づく保険金一、五一一、一四一円を受領し、その内一、五〇〇、〇〇〇円を原告らが相続した前項(一)の債権に各二分の一の七五〇、〇〇〇円宛充当し、原告巌は、右残金一一、一四一円を前項(四)の診療費に充当した。
(二) 原告らは、高橋金光の親権者父高橋唯一および母高橋キミから示談金として一、五〇〇、〇〇〇円を受領し、その内一、〇〇〇、〇〇〇円を原告らの相続した前項(一)の債権に各二分の一の五〇〇、〇〇〇円宛、内五〇〇、〇〇〇円を原告らの相続した前項(二)の債権に各二分の一の二五〇、〇〇〇円宛それぞれ充当した。
5 (結論)
よつて、被告に対し、原告巌は第3項(三)ないし(五)の合計から第4項を控除した二、三八三、八三三円、同ツヤは第3項(三)(五)の合計から第4項を控除した二、一二七、九二五円および右各金員に対する前記不法行為の日の翌日である昭和四一年一〇月二四日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
1 第1項の事実は不知。
2 第2項(一)の事実は認める。
同項(二)の事実中、嵯峨が営業所長であり、高橋が会員であつたことは認める、被告が本件自動車を原告主張のように自己の営業の用に供したことは否認する。その余は不知。
同項(三)の事実中、「タカラドライブクラブ」が、会員組織によるいわゆるドライブクラブであり、会員からの入会金、賃貸料をもつて収益し、営利を目的としていたものであることは認めるが、その余は否認する。
3 第3項は不知。
4 第4項の事実中、原告らが自動車損害賠償保障法に基づく保険金として一、五一一、一四一円、高橋金光の親権者父唯一、母キミから示談金として一、五〇〇、〇〇〇円それぞれ受領したことは認めるが、その余は不知。
三、抗弁
1 仮に被告会社が原告主張のとおり山口自動車有限会社から本件乗用車を借り受け、高橋金光に貸渡したものであるとしても、被告会社はいわゆるドライブクラブ方式による自動車賃貸業者として貸渡したものであるから、高橋金光の本件乗用車の運転使用につき何ら支配力を及ぼしていなかつたものである。したがつて、被告は自己のために自動車を運行の用に供した者にあたらず、損害賠償の責任がない(最判昭三九、一二、四民集一八巻二〇四三頁参照)。
2 原告らは、昭和四一年一二月六日高橋金光の親権者高橋唯一、同キミと、本件事故に基づく損害賠償について契約を締結した際、本件事故に関し今後何人に対しても一切金銭上の請求をなさない旨約したものである。
3 本件事故は、主として、広らの過失によるものである。すなわち、広は、事故当時、原告らの長男良範や小林直之助と共に、何れも運転免許がないにもかかわらず、普通貨物自動車にエンジンをかけようとしたがかからなかつたため、右車をライトもつけずに交通頻繁な国道七号線上に押出し、更に前後左右に注意することなく右車を転回させるために道路中央付近に押出したのであつて、本件事故は、広らの右過失により発生したものである。したがつて、本件事故による損害の算定にあたつては、広らの右過失を斟酌し、過失相殺をするべきである。しかるところ、原告らはすでに、本件事故による損害賠償として、高橋唯一、同キミから示談金一、五〇〇、〇〇〇円、小林直之助から一一〇、〇〇〇円、自動車損害賠償保障法に基づく保険金一、五一一、一四一円をそれぞれ受領しているものである。したがつて、本件事故による損害は充分賠償されているのであつて、原告らの請求は失当である。
4 本件事故は、原告らが経営するガソリンスタンドを未成年者の広らにまかせていたため発生したものであるから、原告らの固有の慰藉料請求は失当である。
四、抗弁に対する認否
1 第1項は争う。
2 第2項の事実中、原告らが昭和四一年一二月六日高橋金光の親権者高橋唯一、同キミと本件事故に基づく損害賠償について契約を締結したことは認めるが、その余は否認する。
3 第3項の事実中、原告らが高橋唯一、同キミから示談金一、五〇〇、〇〇〇円、小林直之助から一一〇、〇〇〇円、自動車損害賠償保障法に基づく保険金一、五一一、一四一円をそれぞれ受領していることは認めるが、その余は否認する。
4 第4項は否認する。
第三、証拠〔略〕
理由
一、請求原因第1項の事実(事故の発生とこれによる藤原広の死亡)は、〔証拠略〕によつてこれを認めることができる。
二、(被告の責任)
1 被告会社が原告主張のとおりの業務を目的とする株式会社であり、原告主張のとおりの営業を行つていたこと及び嵯峨興太郎が被告会社「タカラドライブクラブ」の営業所長であつたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を総合すれば、高橋金光は、昭和四一年一〇月一八日、被告会社が秋田市中通五丁目に営業所をおいて経営していた「タカラドライブクラブ」に入会し(高橋金光が会員であつたことは当事者間に争いがない。)、事故の前日である同月二二日の夕方右ドライブクラブに自動車の利用を申し込み、翌日の午前八時から一〇時間十和田湖までの往復の予定で借受を予約したものであること、しかして、嵯峨興太郎は、右ドライブクラブの業務全般を委されていたものであるが、事故当日の朝、配車予定の右ドライブクラブ備付の貸渡用乗用車秋五わ五七号を点検したところ、エンジン不調で長距離運転に耐えられないことを発見したので、急拠、右配車予定車の代りとして、山口自動車有限会社から、自分の車が故障だから二、三時間貸してもらいたい旨申し出て、監督官庁の貸渡許可を受けていない本件乗用車を借用し、右ドライブクラブ営業所において高橋金光にこれを貸与したこと、そして、高橋金光は当日出発前に借受料金四、五〇〇円を支払い、右ドライブクラブ営業所の事務員村上進がタカラドライブクラブ代表者半田嘉栄之助名義の領収証にクラブ印を押捺のうえ高橋金光に交付していること、しかも右金額は前日予約の時既に嵯峨から高橋金光に申し伝えられていた金額と同じであり、紅葉時の十和田湖までの往復料金としては料金表どおりであつたことが認められ、〔証拠略〕中右認定に反する部分は採用せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。右各認定事実によると、嵯峨は被告会社経営の「タカラドライブクラブ」の営業所長として本件乗用車を当時被告会社の目的とする自家用車貸付営業のため、山口自動車有限会社から一時借用のうえ、右ドライブクラブの営業の一環として高橋金光に賃貸したものと認められるから、被告会社は本件乗用車の使用借権を取得し、他の正規の貸渡自動車と同様、これを高橋金光に貸渡したものと推認するに十分である。もつともこの点につき、〔証拠略〕によると、被告会社では自動車を貸渡す場合、通常自動車貸渡証を三部作成し、一部を控として保存し、一部を領収書として借受人に交付し、一部を記帳のため経理係に交付することになつていたが、高橋金光に本件乗用車を貸与する際には右各自動車貸渡証を作成しておらず、また、高橋金光から借受料金として受領した前記金員についても帳簿に記載がなく、経理上借受料金として処理されていないことが認められるが、前示のとおり本件乗用車は貸渡許可を受けていない他社の車であつたのであるから、正規の貸渡証を作成するに由なく、経理上の記帳もできなかつたものと推認され、右事実をもつてしては未だ前記認定の事実を覆えすことはできないし、他にこれを覆えすに足りる証拠もない。
2 そこで、被告会社が自賠法第三条のいわゆる運行供用者にあたるかどうか検討する。
被告会社が本件事故当時会員組織のいわゆるドライブクラブ方式による自家用車の有料貸付営業を経営し、会員からの入会金、貸付料をもつて収益し、営利を目的としていたものであることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を総合すれば、被告会社では「タカラドライブクラブ」の所有自動車を利用できる者を右ドライブクラブの会員に限つていたこと、右ドライブクラブには過去一年以上の懲役または禁錮の刑に服したことのある者は入会することができず、入会に際しては運転免許取得者であることの確認がなされること(但し、この確認がされれば運転技術、免許取得後の経過期間の長短を問わず誰でも入会することができた。)、会員資格は約一年間有効で、会員は同クラブの自動車を利用する場合には申込の際に会員証、運転免許証の確認を受けて、自動車貸渡契約を締結し、自動車貸渡証の発行を受けたうえ、自動車の利用を許されるものであつたこと、運行についての注意は会則として一般的な注意事項を記載した会員証を交付し、道路交通法、その他の諸規則、会の定めた諸規定に違反した会員は除名される建前であつたこと、使用時間については特別の制限はなく、利用者の多くは概ね数時間ないし二、三日の短期であつたこと、入会金は一、〇〇〇円とされ、料金は主として予定使用時間によつて定められ、別に燃料代、修理代、超過時間料金は利用者負担とされていたのみならず、借受人の事故に備え予定使用時間による基本料金の約一割に当る金額を保険料の名目で借受人から徴していたこと、被告会社が秋田県知事から自家用自動車の貸渡許可を受けるに際して、借受人が安全運転を行い難いと認められるとき、または借受人以外の者に運転させるおそれのあるときは貸与してはならない旨の条件が付されていたこと、高橋金光は、十和田湖までの往復一〇時間の予定で料金四、一〇〇円、他に保険料の名目で四〇〇円を支払つて本件乗用車を借受け十和田湖からの帰途本件事故を発生させたものであること、また、被告会社は昭和四一年七月二八日から八台の自動車を擁して貸渡しを開始したものであるが、事故前の同年八月、九月の一車の月額収入は九〇、〇〇〇円を上廻り、営業開始当初から順調な営業成績を示していたことが認められ、〔証拠略〕中右認定に反する部分は採用せず、他に右認定に反する証拠はない。
ところで、自賠法第三条にいわゆる運行供用者とは自動車の運行に対する支配と運行利益の帰属する者をいうと解するべきであるが、右認定のようないわゆるドライブクラブ方式による自動車の貸渡しがなされた場合、借受人は賃貸借の方法により自動車の運行に対して短時日自己の利益と事実上の支配を有し、その反面ドライブクラブの経営者は賃貸期間中自動車の運行に対する直接かつ具体的な支配を失うことになるとはいえ、貸自動車の貸与および借受人によるその運行は貸与者の事業の執行としてその所有自動車の通常の利用形態である以上、ドライブクラブの経営者も運行利益が帰属するだけでなく、運行上の支配も依然保持しているものと解するのが相当である。
のみならず、本件の場合、前記認定の事実によれば、ドライブクラブ経営者たる被告会社と借受人との間には会員制であるという点において単なる賃貸借契約の当事者とは違つて、入会の条件や入会後の会員に対する規制がなされており、あるいは被告会社に対する自家用自動車貸渡事業の許可の際に付された条件の面からしても借受人選択について一定の制限があり、さらには借受人から保険料の名目で金員を徴していた事実によつても被告会社は借受人の安全運行に対する支配力を有しているものというべく、被告会社は借受人の運転中も貸渡自動車に対する運行支配を依然保有していたものと認めるのが相当であり、また、当事者間に争いのない前掲事実のとおり、被告会社は自家用自動車を利用者に貸与して収益をあげることを営業の直接目的としていたのであるから、運行利益の帰属することは明らかである。そして、本件事故は高橋金光において被告会社から貸与された本件乗用車を運転中に惹起したものであることは前示認定のとおりであるから、被告会社には自賠法第三条にいわゆる運行供用者として本件事故によつて生じた損害を賠償する義務があるものといわなければならない。
なお、ドライブクラブの経営者は、運行による危険を半ば不可避的に伴う自動車を走行粁、使用時間、貸与自動車の種類によつて定められた料金をもつて短時日他人に貸渡すことを営業の直接目的とするものであり、他方、かかるドライブクラブの自動車を利用する者の多くは通常賠償能力の有しない無資力者であることを考えるとき、利用者から支払われる料金には、それが極めて低廉な場合を除いては純粋の賃借料に加えて(走行粁、使用時間、借受自動車の種類による賃借料の差異は純賃借料の側面による差異にすぎない。)、利用者の自動車運行による人身事故によつて損害賠償請求権が発生した場合、これに対応してドライブクラブの経営者から支払われる損害賠償金が保険料的な意味において含まれているとみることもできるのであつて、このような考え方は自賠法第三条の拠つて立つ危険責任、報償責任の法理にも適合するものである。
三、(損害)
1 広の得べかりし利益の喪失
〔証拠略〕によると、広は昭和二六年一一月二九日生で事故当時満一四歳一〇月余の健康な男子であつたことが認められ、厚生大臣官房統計調査部刊行の第一一回生命表によれば、満一四歳の男子の平均余命が五四・七一年であることは当裁判所に顕著な事実であるから、広は本件事故に遭わなければ、特段の事情がない限り、なお右程度の期間生存し、満五九歳の終了時まで稼働し得たであろうと推認でき、右推認を左右するに足りる特段の事情を認むべき証拠はない。また、〔証拠略〕によると、原告巌は、能代市において石油販売の会社とプロパン販売の会社を経営し、妻である原告ツヤとの間に子供五人が出生したが、長女徳子はすでに結婚し、次女鈴子も原告らの世帯を離れており、長男良範はその頃県立能代高校普通科第二学年に在学し、三男清美は義務教育中であること、そして、広は事故当時東能代中学校三年生であり、成績も中の上で国立秋田工業高等専門学校応用化学科へ進学を希望し、担当の教師も広の進学の可能性を示唆していたことが認められる。以上、原告らの経済力(原告ら夫婦は少くとも中流程度の生活を営んでいるものと考えることができる。)、広の能力、健康状態等から考えると、広は少くとも三年制高校を経て二年制短期大学と同程度の教育を受けてから社会に出て稼働したであろうと推測されるので、広の就く職業は短大卒男子労働者が得る平均収入と同程度の収入を挙げることができたと認めるのが相当である。
しかして、広が将来稼働して挙げ得べかりし収入は、特別の事情の認められない本件においては、わが国における労働者の平均賃金を知るうえにおいて最も信頼できるとみられる労働大臣官房労働統計調査部作成の「昭和四一年賃金構造基本統計調査報告」の第一巻七八頁、第二表学歴、年令階級および勤続年数階級別勤続年数、きまつて支給する現金給与額、所得内給与額および特別に支払われた現金給与額の平均ならびに労働者数の統計表〔証拠略〕を採用し、同表中「旧高専、短大卒」の部分に従い、別紙第二表Ⅰの年令の推移に応じ、同表Ⅱの程度の現金給与を得ることができたと認めるのが相当である。
そこで、広が右収入を挙げるために必要な生活費について考えると、まず家族内容およびその推移については、当裁判所に顕著な事実である厚生省大臣官房統計調査部編集の「昭和四一年人口動態統計」によると、男子の平均初婚年令は二七・三歳、夫婦間の出生児数は概ね二名程度となつているので、広も生存しておれば、特別の事情が加わらない限り、満二七歳時には結婚し、満二八歳以後は夫婦二人の世帯を構え、満三〇歳からは順次二名程度の子供を加えた世帯主として推移するものと推測され、これを左右するに足りる特別の事情を認むべき証拠はない。そうすれば、広の収入より控除すべき生活費の割合は、扶養家族のない独身時代は収入の八〇パーセントを本人の生活費とし、世帯を構えた後は前示収入額の推移および右家族構成の推移との関係を考慮し、かつ、扶養家族の消費単位指数(本人を一とした場合、配偶者〇・九、五歳未満の子〇・三、一一歳未満の子〇・四、一四歳未満の子〇・五、一四歳以上の子〇・六とみるのが相当である。)を斟酌して別紙第二表Ⅲのごとく計算すれば十分と考えられる。
そして、右によつて広が稼働して得べかりし純収益の年平均額を各期ごとに求め、これを基礎としてホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除すると、広の得べかりし純益の事故時における現価は、別紙第二表Ⅳのとおり七、八三七、九二七円(円未満四捨五入)となることは計数上明らかである。
2 過失相殺に対する判断
〔証拠略〕を総合すれば、本件事故現場は直線コースの見透しのよい国道七号線上で、本件事故当時は三、四台の自動車が通過していたこと、そして、広らは小林直之助の普通貨物自動車のエンジンが始動しなかつたため、広の兄良範が同車を操作しながら、広と右小林が後押しして同車を右国道上で方向転換させようとして、前進、後退を二、三回重ね道路中央付近から左側に斜めに寄つて右折にさしかかつたところ、同車後部に高橋金光運転の本件乗用車が衝突したものであること、しかして、広らは、右普通貨物自動車の前照燈ならびに尾燈をつけていたものの、道路上の危険を回避するために前後の安全を確認し、場合によつては他の自動車の進行を一時停止せしめるなどの準備ないし措置が十分でないままに自由に前進、後退のできない故障車を方向転換させようとしていたものであること、一方、高橋金光は、本件乗用車に友人四人を同乗させて十和田湖見物に行き、一人で長距離運転した疲労のため眠気を催し前方注視が困難になつたにもかかわらず、午後八時までに本件乗用車を「タカラドライブクラブ」に返さなければ割増料金をとられることに心を奪われて運転を一時中止することなく、前方注視困難のまま運転を継続し、本件事故現場から約三〇メートル手前に至つて、同乗者の「危い。」という声で、始めて広らが後押ししていた前示状態の普通貨物自動車を発見したものの、眠気のためブレーキもかけず、約一五メートルの至近距離においてハンドルを僅かに右へ切つたが及ばず、同車後部に自動車前部を衝突させ、その衝撃により広をその場に転倒させたものであることがそれぞれ認められ、〔証拠略〕中右認定に反する部分は採用せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定の事実によると、広は、本件事故現場で単に車の後押しをしてこれを方向転換させようとしていたに過ぎないとはいえ、このような行為は他の自動車の進行を阻害し事故発生の危険をはらんでいたのであるから、かかる状況を知り、もしくは当然知るべきであるのに不注意から敢えて同所で右行為に及んだものであつて、広には右のような点の過失なしとはいい難く、本件事故による損害を算定するうえにおいて斟酌され得るものということができる。しかし、他方高橋金光は長距離運転による疲労のため眠気を催し、前方注視が困難であつたのであるから、直ちに運転を中止するべきであるのにこれを怠り、しかも全く前方への注視を欠いていたものであつて、同人のこのような過失は、広の右過失と比較して極めて重大であるといわざるを得ない。
したがつて、本件事故による広の得べかりし利益の損害の算定にあたつては、広の右過失を斟酌しないこととするのが相当である。
なお、被告は広の過失のみならず良範や小林直之助の過失をも本件事故による損害を算定する斟酌事由になると主張するものの如くであるので、この点につき考えるに、前認定の事実によれば、良範や小林直之助の二人は広と共同して前示行為に及んだものであり、しかも良範や小林直之助の場合においても、広と同様、事故発生の危険をはらんだ状況を知り、もしくは当然知るべきであるのにこれを怠つた点の過失がないとはいい難く、同人らの過失は本件事故による損害を算定するうえにおいて斟酌され得るものということができる。しかし、小林直之助については、後記のとおり原告らが同人から本件事故に対する損害賠償として受領した一一〇、〇〇〇円を原告らの相続した損害賠償債権に充当すれば十分と考えられるし、良範についても、高橋金光の過失の重大性、その他諸般の事情を考慮すると同人の過失は敢えて斟酌するまでもないとするのが相当である。
3 広の慰藉料
前記認定の本件事故の原因、態様、広の過失、年令等一切の事情を考慮すると、広の受くべき慰藉料は五〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。
4 相続
〔証拠略〕によると、原告が広の父母であり、広の相続人は直系尊属である原告らであることが認められるから、同人らは広の取得した前記1、3の各債権を各自その二分の一宛即ち1について三、九一八、九六四円(円未満四捨五入)宛、3について二五〇、〇〇〇円宛それぞれ相続したというべきである。
5 積極損害
〔証拠略〕によれば、原告巌は広の入院加療の費用として一一、一四一円を、また葬式等の葬祭関係費用として二五四、七〇八円をさらに本件請求のための交通事故証明書下付および死亡診断書作成の費用として一、二〇〇円をそれぞれ支出したことが認められる。しかして、右金員のうち、広の入院加療費は明らかに過剰診療とは認められないので本件事故と相当因果関係に立つ損害というべく、また、葬祭関係費は広の年令、家庭、原告らの社会的地位、職業、その他の事情を斟酌すると相当な額と認められ、さらに本件請求のための交通事故証明書下付および死亡診断書作成の費用も本件事故に起因するもので相当因果関係の範囲内にあるものと考えられる。したがつて、原告巌は右各支出により同額の損害を受けたものと認められる。
なお、右損害については高橋金光の過失の重大性を考慮して、広の前記過失を斟酌しないこととする。
6 原告らの慰藉料
〔証拠略〕によると、原告ら夫婦は、広が健康明朗な子供で学業成績もよく国立秋田工業高等専門学校への進学を希望していたところ、同人の技術者としての将来を期待し楽しみにして愛情を注いでいただけに、同人の死を招いた本件事故によつて多大の精神的苦痛を受けたものであることが認められる。
また、〔証拠略〕によると、本件事故は、広らが原告巌の経営するガソリンスタンドへ洗車に来た小林直之助の車のエンジンが始動しなかつたため右小林を手伝つて右故障車を国道上に押出した際に発生したものであるところ、原告らは、事故当日、人手不足から右ガソリンスタンドを未成年者の広と良範とに手伝わせていたもので、他に二名程の従業員はいたものの責任者はおらず、原告らの広らに対する監督は必ずしも十分とはいえなかつたものであることが認められる。
その他これまでに認定した本件事故の態様、その他諸般の事情を総合考慮するとき、原告巌、同ツヤの受けるべき慰藉料として各五〇〇、〇〇〇円とするのが相当であると認めらる。
四、ところで、原告らが、昭和四一年一二月六日高橋金光の親権者高橋唯一、同キミと、本件事故に基づく損害賠償について契約を締結したことは当事者間に争いがないところ、被告は、原告らは、その際、同人らに対し今後何人に対しても一切金銭上の請求をなさない旨約したものである旨主張するが、本件の全証拠によるもこれを認めることはできず、被告の右主張は理由がない。
五、原告らが小林直之助から一一〇、〇〇〇円を受領していることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を総合すると、前示のとおり小林直之助は、本件事故当日、原告巌の経営するガソリンスタンドに居合わせた広と良範に手伝わせてエンジンの始動しない車を国道上に押出した際に本件事故が発生したことから、広の死につき少なからぬ責任を感じ、右金員を香典という名目で原告らに差出したものであることが認められる。
しかして、右金員は、香典という名目ではあつたとしても、その多寡、本件事故に至つた経緯およびその態様、さらに小林直之助がこれを原告らに差出した動機、その他諸般の事情を勘案すると、被告主張のごとく本件事故に対する損害賠償金と認めるのが相当であり、他にこれに対する反証はない。
したがつて、右金員は、原告らの相続した前項1の債権にこれを各二分の一宛充当するのが相当である。
六、1 原告らが自動車損害賠償保障法に基づく保険金一、五一一、一四一円を受領したことは当事者間に争いがなく、原告らにおいて右金員の内一、五〇〇、〇〇〇円を原告らが相続した第三項1の債権に各二分の一の七五〇、〇〇〇円宛、原告巌において右残金一一、一四一円を同項5の入院加療費にそれぞれ弁済充当の指定をなし、弁済者の異議が述べられていないので、それぞれ右充当額の範囲内で消滅した。
2 原告らが高橋金光の親権者高橋唯一、同キミから示談金として一、五〇〇、〇〇〇円を受領したことは当事者間に争いがなく、原告らにおいて、右金員の内一、〇〇〇、〇〇〇円を原告らの相続した第三項1の債権に各二分の一の五〇〇、〇〇〇円宛、右残金五〇〇、〇〇〇円を原告らの相続した同項3の債権に各二分の一の二五〇、〇〇〇円宛それぞれ弁済充当の指定をなし、弁済者はなんら異議を述べられていないので、右充当額の範囲内で消滅した。
3 原告らは小林直之助から受領した一一〇、〇〇〇円を原告らの相続した第三項1の債権に各二分の一の五五、〇〇〇円宛充当すべきことは前示のとおりである。
4 そうすると、原告巌、同ツヤの各相続した損害賠償債権の残額は各二、六五五、九六四円となり、原告巌の積極損害による損害賠償債権のそれは二五五、九〇八円となる。
七、よつて、被告は、原告らに対し、損害賠償として第三項6、第六項4の金額の合計額とこれに対する広の死亡の日である昭和四一年一〇月二四日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があることになる。そして、原告らの本訴請求の金額は、いずれの損害についても前認定の各損害額の範囲内であるからその請求の全額を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 西川豊長 高升五十雄 鈴木正義)
別紙〔第一表〕
<省略>
別紙〔第二表〕
<省略>